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eスポーツの現場から~第4回 ゲームコミュニティ間の「断絶」をあえて受け止めること~

断絶

近年、異なるゲームタイトルが「eスポーツ」として一まとまりに紹介されつつあります。

ですが、ゲームタイトルが違えば、そのコミュニティもまったくと言っていいほど違うものになるのです。

今回は、異なるゲームコミュニティ間の断絶と、あえてそれを受け止めることの大切さについて書きます。

ゲームコミュニティの間に存在する「断絶」

無関心

まず、前提として、それぞれのゲームコミュニティ間には「断絶」があります

断絶と言っても仲違いではなく、「互いに無関心」と言ったほうが適切かと。

コミュニティが違うと、人の雰囲気も流行りものもまったく異なります。

別コミュニティ同士の交流は基本的にありません。というより、「知らないから交流の持ちようがない」と言ったほうが正しいのかもしれません。

 

他のコミュニティに無関心な層が多数派であり続ける

多数派

過去の記事で、「eスポーツの名のもとに異なるコミュニティがつながる」と書きました。

過去の記事はこちら

 

ですが、これはいささか理想論に近いところもあるなと。

確かに、つながる意識を持った一部の人々がコミュニティの垣根を超えるのはよいことです。

ただ、現実的には、他のコミュニティに無関心な人々が多数派になるのではないかと考えています。

なぜ「断絶」について書くのか?

なぜ今回、コミュニティ間の断絶をテーマに記事を書くにいたったのでしょうか。

それは、「経済としてのeスポーツ」を強く意識したからです。

確かに、先頭に立って動いている方々は垣根を超えようと努力されています。

ですが、実際に経済を回すのは、ファンを中心とした「多数派」の方々なのです。

そういった多数の方々は、eスポーツタイトルの垣根を意識して超えることは少ないでしょう。

この先、ファンの方々がeスポーツコンテンツの観戦等にお金を払わない限り、eスポーツビジネスは先細りしていくと思われます。

そのため、現実問題としての断絶からは目を背けられないと判断しました。

 

「断絶」を受け止めることが大事

受け止める

eスポーツ業界では、ゲームタイトル間の違いをなるべく目立たなくし、一つにまとめることが重視されているように思われます。

ですが、私はあえて、「断絶を受け止めることの重要性」について提言したいと思うのです。

「断絶を受け止める」というのは、仲が悪くていいということではなく、「それぞれのゲームの違いを認める」ということです。

例えば、「eスポーツ」と認定されているタイトルが仮に50個あったとしましょう。

そこにあるのは「eスポーツ一つ」ではなく「ゲーム50個」なんです。

ですから、個々のゲームのアイデンティティをどこかで拾い上げる状況に直面するのではないでしょうか。

誤解を招かないように言っておきますと、私自身はコミュニティの垣根を超えることには大いに賛成です。

ただ、実際のゲームタイトルの違いを軽視することは、各々のゲームコミュニティを軽視することにもつながりかねないとの懸念があります。

ですので、コミュニティ同士のゆるやかな連携は保ちつつ、それぞれのゲームやそれに関わる人たちへのリスペクトがきちんと存在するような状況になることを願います。

 


 

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