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『ハースストーン』blitzchung選手の処分について――eスポーツの向こう側にある「実際の世界」との関わり

先日、ハースストーンというデジタルカードゲームにおいて、選手が政治的な発言により処分を受けるという一件がありました。

本日は、その件について私の思うところを書かせていただきます。

長文ご容赦ください。

問題の概要

ハースストーンには、グランドマスターズという、世界各地域のトッププレイヤーが集まって戦うリーグ戦があります。

そのリーグ戦後のインタビューで、香港のblitzchung選手が政治的な発言をしたことで、厳しい処分が下されることとなったのです。

※以下にわかりやすくまとめてあります。

blitzchung選手が政治的発言によりGMから降格処分

詳細

インタビューにおいて、blitzchung選手は、香港デモのスローガンとされる「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ)」という言葉を口にしました。

この発言がグランドマスターズのオフィシャルルール6.1(o)(※)に抵触すると、ハースストーン発売元のブリザード社が判断しました。

※ブリザード社独自の裁量により(in Blizzard’s sole discretion)、公的な悪評をもたらす(brings you into public disrepute)、公共の集団またはその一部を怒らせる(offends a portion or group of the public)、ブリザード社のイメージを損なう(damage’s Blizzard image)行為への従事(Engaging in any act)は、グランドマスターズからの降格(removal from Grandmasters) ならびに選手の合計賞金の0ドルへの減額(reduction of the player’s prize total to $0 USD)となる

その結果、blitzchung選手には以下の処分が下されました。

  • グランドマスターズからの降格
  • 獲得賞金の没収
  • eスポーツシーンへの1年間の出場停止

同時に、この発言を促したキャスターについても出演の中止が決定しました。

 

当問題における政治的・経済的な背景

この問題は、単なる一eスポーツ選手の不適切な発言に対する処分だとみなされるべきではありません。

そこには、香港ならびに中国の政治的な背景、そしてeスポーツのパブリッシャーとしての経済的な背景が存在しているのです。

政治的な背景――香港での中国政府の改正案に対するデモ

1997年、香港はイギリスから中国に返還されました。

アヘン戦争以来約150年間もイギリスの植民地だったわけですが、その間に香港は貿易港として栄え、また中国本土にはない権利もありました。

返還時、香港には「一国二制度」が採用され、返還から50年は植民地時代とほぼ同等の権利が保障されることとなったのです。

ところが先日、中国政府は、容疑者を中国本土へ引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」の改正案を発表しました。

この発表をきっかけに、前述の「一国二制度」が崩壊するのではという不安が高まり、香港でのデモにつながったわけです。

経済的な背景――パブリッシャーへの中国巨大企業からの出資

この問題について、中国企業であるテンセント社の存在を忘れるわけにはいきません。

テンセント社は、時価総額の世界ランキングでトップ10の常連となるほどの巨大企業です。

ハースストーンの発売元であるブリザード社は、テンセント社の一部門であるテンセントゲームズから出資を受けています。

正確に言うと、テンセントゲームズは発売元の親会社のアクティビジョン・ブリザードの有力株主なのです。

テンセントゲームズは、ゲーム会社として世界一の売上・時価総額を誇っています。(詳細は割愛しますが、任天堂の数倍の規模といったところです)

重要な点として、中国のeスポーツが短期間で急速な発展を遂げたのも、テンセント社が莫大な資本を投入したからだと言われています。

 

なぜ処分が下されたのか?

こういった背景を踏まえると、いかにこの問題には複雑な事情が絡まり合っているかおわかりいただけたでしょう。

今回の一件は、表面的には、選手がeスポーツの場を通じて政治的な意思を表明したことに対する処分です。

ですが、その裏にあるものを紐解いていくと、この件にはeスポーツ界の今後に大きく関わる問題が横たわっているように思われます。

その今後の問題について語る前に、まずはブリザード社がなぜ今回の処分を行うに至ったかについて考察します。

ブリザード社が処分を下した理由は、経済的な問題が大きかったと思われる

推測にすぎませんが、おそらくブリザード社は出資元であるテンセントゲームズ(ならびにテンセント社)の機嫌を損ねることを懸念したのではないでしょうか。

両社の関係性が悪化することで、現在行われている出資に対して影響が出ることは容易に想像できます。

わかりやすく言うと、テレビ番組のスポンサーのイメージを損なう発言をしたタレントを降板させるようなイメージです。

中国にとって香港のデモは極めて頭の痛い政治的問題ですから、中国企業から出資を受けているブリザード社も、今回のような対応を取らざるを得なかったのでしょう。

ブリザード社内にも処分に賛同しない動きがある

しかし、ブリザード社においても、今回の処分に全員が同意したというわけではありませんでした。

一部の社員たちによって、ブリザード社内のオーク像に刻まれた”Every Voice Matters(全ての声が聞くに値する)”というメッセージが隠されました。

また、香港デモを模した抗議も一部の社員たちによって行われました。

海外掲示板redditにおけるブリザード社員の抗議についてのトピック

 

今回の件で浮き彫りになった、これからのeスポーツにおける問題

それでは、この問題に対する私の見解を書かせていただきます。

経済的・思想的に多大な影響を持つ「中国」の存在

まずは、「中国」という国家の存在の大きさについて改めて強調します。

中国は世界第二位の経済大国であり、軍事力も多大なものを持っています。

その一方で、思想的には言論統制などが進められています。

この状況は、中国のeスポーツにおいても当てはまります。

テンセント社の資本投入などによって急速な発展を遂げた反面、発売さえできないゲームタイトルも多数存在するなど、いわば規制と推進がないまぜになった状態なのです。

「自由」が脅かされることへの懸念

今回の一件で重要なことは、中国における混沌とした状況が対岸の火事ではないということが、eスポーツの文脈において取り上げられたということでしょう。

中国がその経済力をもって出資を行えば、それを受けた隣国の産業にも影響が出ます。

そのことは、中国の思想統制の枠組をも完全には無視できないということを意味します。

これらのことにより、経済的・思想的に「自由」が脅かされるのではないか――そういった懸念が生まれても不思議ではありません。

eスポーツ業界に訪れた一筋の影

eスポーツには、未来に開かれた生き生きとしたイメージがあります。

それは少なからず自由を感じさせるものでしょう。

ですが、eスポーツも世界の情勢の一部に属しており、自由を奪われるおそれがある――当然のことではありますが、今回の件はそのことを生々しく思い起こさせる出来事でした。

推測ですが、ブリザード社における一部の社員たちの抗議行動の裏にも、このような状況に対する懸念があったのではないでしょうか。

しかし、必ずしも中国だけの問題とは限らない

今回の件で直接問題になったのは、中国と香港との関係性です。

ですが、他の国や地域においても、似たような事案が発生する可能性は存在します。

特定の国について深入りしすぎることは、必ずしも問題の本質を捉えることにはつながりません。

では、私たちはいったい何をすべきなのでしょうか。

ゲーマーである以前に「人間」としてどう向き合うか

今回の件でeスポーツの側にいる者として強く感じたのは、私たちはゲーマーである以前に一人の「人間」である、ということです。

eスポーツが世界に広がり、多くの国にまたがって活動が行われることになれば、当然そこには国や地域ごとの思惑が含まれてくることになります。

時にスポーツが「代理戦争」と呼ばれることがあるかのように。

そこにきれいごとはありません。

ただ、誤解しないでいただきたいのは、私はeスポーツが政治的な闘争に使用されることを望んではいないということです。

eスポーツには、「自由」なエンターテイメントとしての雰囲気が何より大事であると考えるためです。

ですが、その「自由」を守るためには、問題に適切な目を向けなければなりません。

今回の件のような問題を避けようとするのであれば、規約の見直しや経済的な独立性の担保といったことが効果的にはたらくでしょう。

しかし、もっと深いところも見る必要があると考えます。

それは個々の問題を超えたところにある「人間」としての在り方の問題です。

多くの人が不自由よりも自由を望むにもかかわらず、なぜ必ずしもそうならないのか。

実際に不自由を迫られる状況に直面したとき、どのように動くべきなのか。

まだ時間が残されているうちに、私たちにも何らかの選択を迫られるときが来ることを自覚して、そのときに備えるべきではないかと考えています。

一プレイヤーとしての私の感想は「悲しい」

私はハースストーンプレイヤーですが、プレイヤーとしての感想は、シンプルに「悲しい」の一言に尽きます。

グランドマスターズはハースストーンの最高峰の選手が集うリーグであり、本当に限られた一部の選手しか参加することができないものです。

加えて、どこか牧歌的であったハースストーンの雰囲気の中に、こういった社会的問題の影が差したという事実は、私たちの中に残り続けることでしょう。

このような出来事が起こってしまったことをとても痛ましく思います。

同時に、個人的な感情と問題の本質とは分けて考えるべきだとも思っています。

 

最後に

今回の発言や処分についての善悪を問うつもりはありません。

当事者たちそれぞれに正義があったはずであり、正義は見方によって善悪が変わるからです。

それよりも、今回の件を受けて私たちが考えるべきことがあります。

私たちは、この世界が、経済がどのようにして成り立っているかということについて、関心を持っていかなければなりません

世界の巨大なうねりに対し、私たちはあまりにも無力です。

ですが、それは何の思考や行動もしなくてよいということではありません。

 

eスポーツにおいても本質は同じです。

私たちは世界の中で生きており、eスポーツの向こう側には当然実際の世界やそこで暮らす人々が存在しているのです。

自分たちのことだけ、日本国内のことだけを考えていれば、長期的にはあまりよくない未来が待っていることでしょう。

「世界」の中で「人間」として「自由」を守る。

そのためには、まず私たち一人一人が、世界やそこに住んでいる人々、起こっている出来事のことを知り、それらに対して適切な関わり方を選ぶことが必要なのです。

外に向け続けた無関心は、肝心なところで自分たちに返ってきます。

この素晴らしいeスポーツの「世界」において、自分たちの足元を支えるものが何であるかを自覚し、その足元が存続するために「何」ができるかということを、広い視野を持って考えるときがすぐそこに来ているのではないでしょうか。

 

デリケートな内容を含むため、今回の件については当初黙っていました。

ですが、やはり私の口から意見を述べなければならないと感じ、執筆に至りました。

この記事が一人でも多くの方に届けば幸いです。