(2021/12/23追記)続編を書かせていただきました。次のリンクから読めます。→ハースストーンコミュニティの未来は、コミュニティ自身が決める。
僕のプレーしているデジタルカードゲーム「ハースストーン」において、日本人プレイヤーのposesiさんが先日の世界選手権で優勝し、前年のgloryさんに続き日本勢が二年連続で世界チャンピオンとなった。
そのおめでたムードに水を差す言葉が今日も駆け抜ける。
「どうせ日本じゃ流行らない」。
この言葉に対して、まあそうだよなという思いと、いやいやこれから流行るから!という思いが複雑に入り混じった感情を抱くプレイヤーが多いのではないだろうか。
「ハースストーンが日本で流行る」。
これは日本のハースストーンプレイヤー全員が望むことだと思う。
実際、5~6年前にハースストーンのプロチーム等の国内ビジネス展開が一気に立ち消えた辺りから、もう日本じゃ流行らないね、日本人は絶対世界に勝てないねという空気の中で私自身が過ごしてきたからこそよく分かる。
その上で私はこう問う。
「じゃあ、流行った先に何があるの?」
多分この問いにすぐ答えを返せるプレイヤーはそう多くないのではなかろうか。
サービスの継続? いやいや、全世界に多くのプレイヤーがいるのだから(※)、極東の一国で流行らなかったところで痛くもかゆくもない。日本向けサービスは縮小されるかもしれないが、英語版辺りでプレー自体はできるだろう。
※ハースストーンは日本でのプレー人口こそ少ないが、世界的に見れば最大手のデジタルカードゲームである
周りにやってる人がいるうれしさ? 今でもコミュニティを覗けば温かい人たちが待っているじゃないか。みんな優しくてとても居心地がいいんだ。
盛り上がり? 今が盛り上がってないとでも言うのかい? 二年続けて世界チャンピオンを輩出して、こんなにも熱狂しているというのに。
皆がピンと来る答えを出せないのは、おそらく情緒的な面が大きいからだと思う。
- プレー人口が少ないことによる肩身の狭さ
- 話題に出しても知らないと言われる寂しさ
- 凄い実績を出しても社会に影響を与えられない虚しさ
こういった感情がゆるく入り混じり、日本じゃ流行らないでも流行りたいのループをウェットに繰り返しているというのが実情ではないだろうか。
ならば、仮に望み通りハースストーンが日本で流行ったとしよう。一体何が起こる?
正直全てを予測することはできない。人口や知名度が増すことはプラスにもマイナスにもなり得る。
ただ、一つ確実に言えるのは、「ハースストーン日本で流行れ!」というコミュニティの「共通言語」を失ってしまうということである。
その言語を失ったコミュニティが、今のように心地よい団結を保ち、温かいままでいられるのか? そんなことを考える。
それでも流行りたいと思うんだろうな。暖炉の火は寒さの中でこそ暖かさが増すのだから。
冬の寒い中で寄り集まって、春よ来いと言いながら、みんなでくべた火で温まる。
それが日本のハースストーンコミュニティだ。
流行っていないからといって、誰が馬鹿にすることなどできるだろうか?
ハースストーンはもう日本では流行らないのかもしれない。
ただ、こんな素晴らしいコミュニティがあることを、少しでもコミュニティの外の人に知ってもらいたい。
そんな思いで僕は今この文章を書いている。
まだ見ぬ春を夢見る一人のハースストーンプレイヤーとして。