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哲学者コウ・メダユーのツイートを東大哲学科卒が採点するよ~第3回 ルソーとその周辺の哲学者編~

ルソー

皆さんは、「哲学者コウ・メダユー」をご存知ですか?

芸人の小梅太夫氏が一日一回「まいにちチクショー」としてツイッターでネタをつぶやくのですが、そのツイートに哲学的解釈を加える謎のツイッターアカウントです。

当ブログで哲学者コウ・メダユーのツイートを哲学的に解釈・採点したところ、大変好評をいただいており感謝しきりです!

過去の解釈記事はコチラ!!

 

第3回は、先日の「天下一無職会」哲学者の部で見事優勝を果たしたジャン=ジャック・ルソーです!

天下一無職会のルソーの記事はこちら!!

 

第1回もあわせて読みたい

 

ですが、「ルソー」で検索したところ、対象のツイートが1つだけでした…

そのため、ルソーと関係の深い以下の哲学者を加えて計4つとしました!

  • 亡命後にルソーがお世話になった哲学者ヒューム1件
  • ルソーの思想に強い影響を与えた哲学者モンテーニュ2件

それでは採点していきましょう!

産まれたと思ったら契約されてた。


 解約したくても、時すでに遅し。

ルソーの社会契約論~国家の成立~

さて、 「社会契約」と出てきましたが、これは著書『社会契約論』で詳しく述べられています。

ルソーは、人々が関係性を持たずありのままに存在している状態を「自然状態」としました。

(ツイートの「自然的自由」というのは、「自然状態」における自由のことだと思われます)

自然なままじゃ生きていけない!

ですが、そんなばらばらに存在していたら…生きていけませんよね?

そこで、共同体と社会契約を結ぶことによって、社会的状態に移行するわけです。

いわゆる「国家」の成立ですね。

国家の課題~自然を抑圧したために~

国家

ですが、これでめでたしめでたしというわけではありません。

自由な自然状態にあったものを抑圧しているわけですから、不自由を感じることになるわけです。

(このあたりは著書『人間不平等起源論』で述べられています)

自由を与えなければならない!

かといって、現実を考えると、自然状態に戻ることもできません

そのため、国家は構成員に対して何らかの自由を与える必要があるわけですね。

これがツイートの「国家による自由を享受~」にあたると考えられます。

シンプルかつ深い解釈ツイート!

さて、ツイートにはこうあります。

一つ一つ見ていきましょう。

産まれたら国家の犬!

引用:「我々が産まれた瞬間に国家との契約が成立する事を一方的だと批判~」

確かに、国家の一員として産まれれば、社会契約の枠組みの中に組み込まれていることになります。

産まれながらに契約が結ばれていると言えるでしょう。

選択権がないと批判があっても不思議ではありません。

やだ、自然状態に帰りたい!

引用:「“解約”する為に無政府主義に目覚めた~」

このあたりは、ルソーでよく言われる「自然に帰れ」の標語を思わせますね。

小梅太夫氏が社会契約を破棄し、自然状態に帰りたいという意思を表明したのでしょう。

でも、自然には帰れない!

引用:「例え国家を転覆しても、新たな社会契約が為される~」

この記述には、哲学者コウ・メダユーの深い理解がうかがえます。

というのも、ルソーは「自然に帰れ」と言ったとされていますが、実は明確に該当する本人の記述はないのです。

むしろ、「自然状態には戻れない」ことを思想の中では強調しています。

だから国家で自由になるしかない

たとえ国家をなくして自然状態に戻ったとしても、結局は社会契約により新たな国家が形成される。

抑圧された不自由さを感じながらも、人は社会契約によって新たな自由を目指していく

そんなルソーの思想をシンプルに言い表しています。

採点:90点!

一見普通のツイートながら、一般的な「自然に帰れ」論をさりげなく否定しているところに、尋常でない凄みを感じます。

ただ、最後に「畜生と嘆いた」のがちょっとよくないですね。

社会契約によって自由を目指したルソーの境地にまだ至っていないように思えます。

そんなわけで-10点して90点とします。

コウメ来れば本屋がつぶれる??


ありますよね、近くなったお気に入りの店がなくなるやつ…(遠い目)

ヒュームって?

ヒューム

(哲学者のイラストとかいうニッチな需要を満たしてくれるいらすとやさんマジ感謝だわ…)

ヒュームは、18世紀イギリスの哲学者です。

ルソーとは亡命時に出会い、意気投合するのですが、最終的には絶交してしまいます…

因果律批判とは?

簡単に説明するとこういうことです。

  • 物事には「である」と「起こる」の二種類しかない
  • 物事同士を結びつけるのは人間の「習慣」にすぎない

どういうことか具体例を挙げて説明します。

要するに、因果とか思い込みにすぎない。

例えば、「暖房を点けたから部屋が暖まった」ことを考えましょう。

実際に起こっていることは以下の二つだけです。

  • 暖房を点けた
  • 部屋が暖まった

つまり、現象自体は個別に存在しているのです。

にもかかわらず、「暖房を点けた」から「部屋が暖まった」と思うのは、いわば人の習慣的な考えがそうさせているのだ、というのが因果律批判の概要です。

わざわざ因果律批判を使うまでもないのでは??

さて、今回のケースですが、因果律批判を持ち出す必要があったかは大いに疑問です。

というのも、

  • 本屋の近くに引っ越す
  • 本屋が潰れる

なんて、因果律批判を使うまでもなく関係は薄いとわかるでしょう…

そもそもそんなつながってないし!

例えば、「本屋でこっそり万引きしていたら~、本屋が潰れました~」あたりだったら、因果律批判はおおいに活躍したのではないかと思います。

なんか、大根を切るのに正宗使っちゃった的な不自然さがありますね。

あえて「援用」という言葉を用いているのは、そのあたりも関係しているのでしょう。

(余談ですが、何回も解釈を書くうちにかなり言葉に気を遣っているのが伝わってきて、コウ・メダユーさんが好きになりました)

採点:75点

着眼点はよかったのですが、具体例に前後のつながりがなさすぎて、せっかくの因果律批判がやや不発に終わってしまった印象でした。

ですが、それを踏まえた言葉の考慮も加味して、75点とします。

トラ!ゾウ!イカ!


ヘイ!じゃなくてハイ!でしょう…(B’z好き並の感想)

モンテーニュって誰?

モンテーニュ

(いらすとやさんにはありませんでした…)

モンテーニュは、16世紀フランスの哲学者です。

主著『エセー』で知られ、フランスをはじめ各国の哲学者たちに影響を与えました。

ルソーの思想にも少なからず影響を与えたと言われています。

なお、教育論として知られるルソーの著書『エミール』ですが、『エセー』第1巻にも教育について書かれた章があったりします。

動物礼讃とは?

モンテーニュの動物論は、『エセー』第2巻12章「レイモン・ズボンの弁護」に記されています。

この動物論は動物哲学の一環として研究対象になるレベルなのですが、ここでは便宜上かいつまんで説明します。

人間よ、思いあがってないかい??

ものすごく要約するとこういうことです。

  • 動物は人間に負けず劣らず高度な能力を持っている
  • にもかかわらず、人間が動物よりも優れていると考えるのはおかしい

なので、礼讃の面もありますが、どちらかというと「人間は動物よりすごいわけじゃないよ」という側面のほうが強いように思われます。

これじゃあ人身売買だ!

動物の魂=ウルトラソウル」のメタファーは、「動物にもすばらしい能力があるんだよ!」ということの表明。

「トラ!ゾウ!イカ!を売るなんて人身売買も同然だ!」という不条理への批判。

これに「畜生共!」がすごくきれいにつながっています。

「チクショー=畜生=動物=人間」!

そう、「チクショー=畜生=動物=人間」なのです!

まさに「畜生」が、人間と動物が同じ位置に立ったことを示しているわけです。

これは小梅太夫氏のネタとベストマッチなテーマですね!

採点:95点!

モンテーニュの思想が簡潔かつ的確にまとめられており、「畜生」との相性も抜群!

第1回の酒→デュオニソスに迫る名作だと思いました!

第1回の記事はコチラ!!

 

ただ、やっぱり「礼讃」がちょっとだけ引っかかりましたね…(文字数の都合もあるので仕方がないのかもしれませんが)というわけで、これを超える解釈の存在を期待して95点とします!

土砂降りでよかったね。


むしろ棒に当たるほうが被害が大きい件。

動物礼讃のおさらい

動物礼讃についてはすでに述べましたのでおさらいだけにします。

「動物も人間に劣らない能力を持っている」ので、「人間を動物より優れていると考えるのはおかしい」ということでしたよね。

犬の散歩という可能性は?

このツイートも素晴らしい出来です。

特に、

「人間=小梅太夫氏=チクショー=犬」

の流れが、まるで方程式のようで実にきれいですね!

ただ…一つ疑問点があります。

そう、「小梅太夫氏は単に犬の散歩をしていただけではないか?」という点です。

「棒に当たるかな~?」と思いながら散歩していたら、土砂降りが降ってきて自身の白塗りが落ちそうになるという…

ただ、さすがにプライベートで白塗りはないでしょうから、番組のロケかなにかでしょうね。

雨に降られるぐらいで済んだら、人間としてはおいしいけど、芸人としてはおいしくない

評価:80点

想定された流れ自体は非常にきれいです。

ただ、「犬とは小梅氏自身のメタファー」の部分が、犬の散歩という可能性によって反論できてしまうのが惜しいですね。

とはいえ、作品そのものの美しさを考慮して、80点とさせていただきます。

まとめ

今回はシンプルで美しい作品が多く、評価も全体的に高めでした。

まるでルソーのルックスみたいですね!

ルソーはイケメンすぎていろいろあったよ

 

今回のように、単独ではツイートが少ないけれども紹介したい場合は、他の哲学者たちと抱き合わせにするかもしれません!

まだまだ楽しい解釈が眠っていると思いますので、乞うご期待!

コウ・メダユーシリーズ続編はコチラ!

 


 

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