以前、「箸が2本であること」についてアンケートを取ったところ、たくさんのご意見をいただきました!
そこで、今回も特定のテーマについて、皆さんのご意見をうかがってみたいと考えました!
今回は、皆さん興味津々の「恋愛」についてです。
テーマは、「両思いは存在する?しない?」
さっそく行ってみましょう!
Contents
両思いは存在するか?~高校時代の友だちとの議論~
両思いは存在しない!
高校時代に、帰りの電車で同じ方向になる友人がいました。
彼は何にでも興味を持つ議論好きな人だったのですが、突然こんなことを言い始めました。
お互いに片思いしてるだけ!
何ごとかと思い聞いてみると、こんなふうに言うのです。
確実にわかるのは自分の好きな気持ちだけ
彼の言わんとすることは何となく理解できました。
自分が相手を好きなことは認識できても、相手が自分を好きかどうかは100%確実にはわかりませんからね。
結局、存在するのは片思いのみ
私は特に言い返さずに彼の話を聞いていました。
すると、最後にこう言ったのです。
恋愛は自己愛の集まりだ!
これも言わんとすることはだいたいわかりました。
一見相手を思っているように見えて、実は相手を思う自分のことが好きなだけ。
そんな自己愛の片思いが寄り集まって、恋愛ごっこをしているにすぎない。
だから、両思いなど存在しないのだ。
彼はおおよそそんなことを言いたかったのでしょう。
私が先に電車を降りたため、結論は出ませんでしたが、この一件が自分の中でずっと引っかかっていました。
存在しない派の意見
ここからは、存在しないほうの立場に立って、考えられる意見を挙げていきます。
相手の気持ちはわからない
確かに、仕草や態度などで、ある程度相手がどう思っているかを「推測する」ことはできます。
しかし、それも確実ではありません。
人の気持ちは完全には読めないものなのです。
もしかしたら詐欺かもしれない
例えば、「ずっと好きだと言ってくれてた人が、実は結婚詐欺師だった」なんてこともあるわけでして…
これはまさしく、「相手を愛しているように見えて実は自己愛の権化(ごんげ)でした…」ということです。
こうなると、「両思いというのはただの幻想で、存在していたのは片思いだけだった」という仮定も現実味を帯びてきますよね。
確認できない以上、そこに何が潜んでいても不思議ではありませんから。
彼は「両思い」を「思いあがり」と考えていた?
ここまでだと、彼が「人を信用できないろくでなし」に見えるかもしれないので、擁護します。
彼自身も、恋人と仲良くすること自体は否定していないようでした。
というか、当時彼女もいたみたいですから。
ただ、相手の気持ちは見えないのだから、両思いだと思いあがってはいけない。
あくまで、自分の好きな気持ちは片思いにすぎないと心得よという、彼なりの戒めだったのかもしれません。
存在する派の意見
次は、存在するほうの立場に立って考えていきます。
仲の良い状態に「両思い」という「名前」をつける
社会の中で、異性が互いに好意を持って仲良くやっている状態は、実際に存在します。
その状態を「両思い」という名前で呼べばよいのです。
「両思い」の状態は実際に存在している
確かに、相手の気持ちを100%確認することは不可能でしょう。
ですが、ある程度お互いの合意がとれていて仲良くやれていれば、それを「両思い」と呼ぶことには何の問題もないように思います。
実際にある状態なのですから、存在の否定のしようがありません。
内実ではなく「機能しているか」が大切
「相手の心が100%わからないから…」というのは、「内実」で考えてしまっています。
現実的には、100%わからなくてもよいのです。
お互いに好意が伝わり仲良くしているなら、それは「両思い」として社会的に「機能している」わけです。
現実で機能しているものを「存在しない」とみなすのは、あまりにも無理があるでしょう。
したがって、両思いは存在するというのがここでの意見です。
最後に
今回も、皆さんに聞いちゃいます!
最初は、「まあ存在するでしょー」ぐらいに考えていました。
ですが、書いていくうちに、意外と「存在しない」派が自分の中で伸びてきたなと。
そこで、どんなふうに意見が割れるのかを知ってみたくなりました!
ツイッターにアンケートを付けましたので、存在する・しないどっちだと思うか、気軽に答えてみてください!
みなさんの回答をお待ちしています!
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